「神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼ら(人間)に弁解の余地はありません。」 (ロー マ一章二十節)神の存在は明らかです。神が実在されることをへりくだって認めるなら、その先に見えてくることがあります。いえ、全てのことが見えるようになるはずです。
神がおられる世界である天国、神が罪の刑罰をお与えになる地獄が必ず存在することになります。
「片手片足でいのち(天国)に入るほうが、両手両足そろったままで永遠の火(地獄)に投げ込まれるよりよいのです。」(マタイ十八章八節)
人間の世界では人によって国によって善悪の基準が異なります。しかし、絶対的な善悪の基準は神ご自身なのです。神の正しさ、きよさを基準に測るならば、人間とは何と罪深く醜い存在でしょうか。
「罪について、義について、さばきについて、世の誤りを明らかになさいます。」(ヨハネ十六章八節)
神の御前における審判では、人間は明らかに有罪であり、地獄に投げ込まれ、永遠の罪の刑罰を受けなければならない存在です。
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル九章二十七節)
ですから、神に罪を赦して頂き、永遠のいのちを与えて頂き、地獄ではなく天国に入れるようにと救われる必要があります。そして、自分で自分を救うことのできない私たち人間に、愛なる神は救い主を備えて下さっています。
※続けて、聖書ワンポイントシリーズ№3「イエス・キリスト」、№4「救い」などをぜひお読み下さい。