罪とは無法

聖書のヨハネの手紙第一の三章四節に「罪とは無法のことです。」(エマオ訳聖書)とあります。無法とは支配の拒絶という意味です。ですから、罪の本質とは神様の支配を拒絶することなのです。

神様がご存在されると思う、とおっしゃる方はたくさんいらっしゃいます。しかし、神様のご存在を認めることと、神様を自分の神様として受け入れることは別です。そのような人たちはよくこう言います。「自分の人生なんだから、好きなようにさせてくれ。たとい神様であったとしても私の人生に口出ししないでくれ。」愛なる神様の導きを拒絶してでも、自分のやりたいことを優先する生き方が無法であり、神様に対する罪です。そしてこの無法から罪深い行いが生じるのです。




自分の好きなように生きたいというのは、結局のところ自分の欲望を第一にするということであり、また自己中心に生きるということです。そこから醜い行いが生まれてくるのです。自分にとって都合がいいように嘘をつき、他人が自分より良いものを持っていれば妬み、手に入らなければ盗む、また自分の生き方にとって邪魔になれば争う、これらは皆、心の内にある無法から生じた結果なのです。


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